想像力の先にあるもの

想像力の先にあるもの

ここ数日話題になってるメンタリストDaiGoさんの炎上動画の件。

生活保護を受けている人たちに対する差別的発言で世間から猛バッシングを受け、その後、謝罪の動画を上げていますが、まだまだ余韻が続きそう。

人の心を読むのは職業にしてるくらい得意なのに、自分が発言したことがそれを聞いた人たちの感情にどう影響するかというところまでは想像できなかったのかなぁ。。。不思議。

つい先日のブログでも優しさのエネルギーについて書いたけど、優しい人というのは想像力をもって物事を見ることができる人のことなのかもと、今回の炎上騒動を見ていて感じています。

自分や他の誰かが発する言葉や行動で、それに関わる人がどうゆう気持ちになるだろうかと思いを巡らせることができるかどうか。

そのことで苦しい思いを抱く人がいるのか、それとも喜ばせることができるのかと心の中でいろいろと想像してみる。

あんまり考えすぎると何もできなくなっちゃうかもだけど、それでもそうやって自分目線の一方だけの視点から一歩外に出て別の目線に立って想像力を広げていくと、痛みが伝わってきたり、心が温かくなったりと何か感じるものがあったりする。

みんながそんな風にできれば、この世から戦争もなくなるんだろうなぁ。。。

そんなことをここ数日考えたりしていたら、最近読んでる本の中でさらに考えさせられるような内容が書かれていて、ただ今、思考がぐるぐる中です。

数年前に亡くなられた辻麻里子さんという方が書かれた「藍の書」という本。

自分が見た夢の分析をされていて、その中でとても衝撃的なストーリーが描かれていました。

その夢の中では、湖の中で8組の父子が網のようなものにからまっていて、早くほどいて脱出しないと溺れ死んでしまうような光景が映し出されたそう。

その光景を上から見ると16人が輪のようになっていて、それぞれの父親から見た自分の子供は対角線上の一番遠い場所にいるのだそう。

自分の一番近くには苦しそうに助けを求めているよその子供がいて、すべての父親が近くの子を助ければ全員が助かるはずなんだけど、ある一人の父親が近くの子供を踏みつけて湖の底に沈めながら遠くの我が子を助けようとする。

それを見た沈められた子供の父親が、自分の子供を助けようと今度は別の子を踏みつけていき、連鎖的に次々と湖底に沈んでいってしまう。。。

でも、その中で一人の父親だけが自分の子供ではなく、近くにいるよその子供を助けようとしていたそう。

その父親の子供は別の父親に踏みつけにされて湖底へと沈められてしまうのだけど、沈められながらも目はまっすぐに自分の父親に向けられていて、父親に見捨てられた子供の悲しみと自分の子供を助けることができなかった父親の悲しみが夢の中で波のように押し寄せてきたそう。

なんで、こんな悲惨な夢を見させられなきゃいけないのかと。

これを読んでいた私もなんとも言えない気持ちになりました。

でもこの夢には続きがあって、、、

次の瞬間にはよその子を助けた父親と、沈められてしまった子供が手を繋いで空高く引き上げられて上っていくのが見えたそう。

すべての父親が一番近くにいる子供を助けていれば16人全員が助かったのに、一人の父親が自分の子供を助けることを優先したがために他の子供が犠牲となり、それを見ていた別の親も平常心を失って我先にと同じ行動を取り、その結果このようなことになってしまったのだと、夢の中である人物から教えられます。

その人物はさらにこう続けます。

ここで注目しなければいけないのが、8人の父親のうち、他者を蹴落として自分の子供を助けようとした人は1人だけ、逆に他人の子供を助けようとしたのも1人だけ。

それ以外の6人がどう行動するかで未来は大きく変わるのだと。

↑ここまでを読んだ私は、以前のブログにも書いた「2・2・6の法則」を思い出しました。

腸内環境でもそうだけど、善玉菌、悪玉菌が全体の2割ずつで、それ以外の6割がどっちつかずの日和見菌(ひよりみきん)と呼ばれるもの。善玉菌、悪玉菌のどちらかが多くなると日和見菌は多い方になびいていくそう。

人間の世界も同じで、例えば最近のコロナのワクチンでいうと、接種を推進してる人と反対してる人がそれぞれ2割くらいずつ、それ以外の6割の人たちはいろいろな情報に惑わされて、その時々であっちに行ったりこっちに行ったりとフラフラしているような状態。(実際の割合はこの通りではないかもだけど)

自分の中にしっかりとした考え方というか軸がないと、冷静さを失ってしまい、集団としてどちらか一方向になびいていってしまう恐ろしさがある。

なんかいろいろと考えさせられました。

夢の話とはいえ、溺れている我が子が見えているのに近くの他人の子を助けることができる人がこの世界にどれだけいるんだろう…とも思ってしまって。

考えても答えはすぐに出なさそうだけど。

冒頭のDaiGoさんの話に戻ると、謝罪の動画の中で彼は自分の母親がもしその立場だったらと涙ぐんだりもしていて、やっぱりそうやって身近な存在に置き換えて想像することでしか誰かの痛みなんて分からないのかもなぁと。。。

何が言いたいのかぜんぜんまとまらないんだけど、とにかくいろんなことを考えてしまいました。

答えの出ない問の中で、しばらくはぐるぐるしていそう。

こんなこと考えるのは人間だけだよね、きっと(笑)